interview障がいは「配慮」するが「遠慮」はしない。お互いが成長できる職場の作り方

伊藤 規子 クオリティ・コンプライアンス&WHS本部 ディレクター
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- 1999年に中途入社で現ランスタッドへ入社。営業企画部にて13年にわたり企画業務に従事した後、障がい者雇用を推進する『首都圏集中プロセスセンター』を設立・拡大。会社横断のITプロジェクトを経て、現在はクオリティ・コンプライアンス&WHS本部を牽引する。プライベートでは週末はゴルフや旅行を楽しみ、食、観劇(主にミュージカル)、スポーツ(特に大相撲)観戦など、幅広い趣味を持つ。
「法定雇用率2.7%」の波紋。企業を悩ます“数合わせ採用”の現実
2026年7月、民間企業の障がい者法定雇用率が2.7%に引き上げられました。多くの企業が「採用目標をクリアしなければ」と焦る一方で、現場からは「どんな仕事を任せればいいかわからない」「定着しない」という悩みが多く聞かれます。
その一方で、当事者たちもまた「数合わせとして採用され、やりがいのない仕事を振られる」状況に苦しんでいます。
このすれ違いをどう解決し、「共に成長する」職場を作ればいいのでしょうか。今回は、ランスタッドで最前線の営業から営業企画を経て、長く業務管理本部 首都圏集中プロセスセンター(以下、CPC)で障がい者雇用に携わり、現在はクオリティ・コンプライアンス&WHS本部を牽引する伊藤 規子さんに、現場のリアルと本質的なノウハウを伺いました。
―― 2026年7月から法定雇用率が2.7%に引き上げられ、多くの企業が採用を急いでいます。最前線で見ている伊藤さんさんから見て、今の日本の「障がい者雇用」にどんな課題を感じますか?
伊藤さん: 過去を振り返ると、日本の障がい者雇用の始まりは戦後の身体障がい者の働く場所を設けることでした。しかし現在、求職市場には身体障がい者は多くはおらず、応募してくるのは主に精神障がい者や発達障がい者へと変化しています。
企業は法定雇用率を満たすために精神障がい者を採用しなければならない状況にありますが、「定着しない」「不安定である」と手を焼いている企業が多いのが現状です。最近では、雇用率の達成を急ぐあまり、数値の達成を目的とした形だけの雇用に留まってしまっているケースも見受けられ、こういった状況には慎重に向き合っていく必要があると感じています。
―― 「とにかく採用して、当たり障りのない簡単な業務だけをお願いする」という企業が陥りがちな罠は、当事者や職場にどのような影響を与えるのでしょうか?
伊藤さん: 簡単な業務のみを割り当てたり隔離したりする雇用形態は、当事者のやりがいを損なうだけでなく、周囲のメンバーを含む職場の士気にも悪影響を与えます。
今は圧倒的な人手不足の時代であり、企業は「数合わせ」ではなく「定着」と「戦力化」へ本気で向き合わなければなりません。障がい者にも、配慮を受けるだけの立場から、リアルに活躍する「戦力」になっていただく必要があります。そうしなければ、現場の障がいのない社員への負担感や理不尽さが増し、組織全体のバランスが崩れてしまうからです。
厳しいのに人気? 障がい者が求める「やりがい」と「責任」
―― ランスタッドのCPCは、外部からも「厳しい」と言われているそうですが、それでも働きたいという方が多いと伺いました。
伊藤さん: はい、CPCは採用基準も入社後の規律も厳しいと支援機関から言われています。しかし、それでも入りたいという方が一定数います。それは、障がいがあっても「責任のある仕事をしたい」「やりがいのある仕事を任せてもらいたい」という気持ちは、障がいの有無にかかわらず同じだからです。
CPCの中には「社会保険センター」という部署がありますが、実はこの部署が比較的人気なんです。障がい者は、ご自身が障害年金や医療費の減免など、社会保障制度の恩恵を受けてきた経験があります。だからこそ、自分が働く際には、自分を助けてくれた「社会保険・社会保障制度」に関わる業務を行うことに強いやりがいや共感を感じてくれているのだと推測しています。
「見えない壁」を壊す。業務の標準化と“バケツ”システム
―― 受け入れる現場からは「どんな仕事を任せればいいかわからない」という声もよく聞かれます。伊藤さんさんはこの壁をどうやって壊してきたのですか?
伊藤さん: 「何を任せたらいいかわからない」と悩む会社は、業務が属人化していて、明文化・標準化されていないケースが多いと思っています。
業務を細かく分解し、タスクを明確にして「AかBかの分岐が起きたらこうする」とルール化・標準化さえすれば、障がいのない社員にできて、障がいのある社員にできない業務はほぼないと思っています。どうしても「できない」と考えてしまう企業は、実は『業務の標準化』という最初のステップに時間とリソースを割けていないケースが多いのです。
私自身、CPCを立ち上げた当初は、請求書を三つ折りにして封筒に入れる作業から始めました。週末にマニュアルを作り、月曜日に渡して1週間で習得してもらう。それを繰り返し、少しずつ業務のボリュームを増やしていきました。今では、先輩の障がい者が後輩のためにマニュアル作り、当事者ならではの視点でマニュアルがさらに充実していくという、教え合う文化が育っています。
―― コロナ禍でのリモートワーク導入時には、業務管理の仕組みがさらに進化したそうですね。
伊藤さん: はい、目の前で指示を出せない在宅勤務になったことが、現在の業務手法を確立する大きな転機となりました。
今CPCで行っているのが、業務の「バケツ」システムです。業務を細かく切り刻み、Googleドライブやスプレッドシート上の1行1行のタスク(=バケツ)に入れます。作業者はそこからタスクを1つ取り出して完了させ、終わったらまた次のタスクを取りに行きます。精神障がい者は体調に波がある方が多いため、「今日はここまでやって」と過度なプレッシャーを与えると体調を崩してしまうリスクがあります。しかしこの方法なら、体調が良くて5分で終わる人も、体調が悪くて30分かかる人も、自分のペースでタスクをこなすことができます。
誰か一人が休んでも全体としての遅延が発生しない、この仕組み化が遠隔業務の中で急速に進みました。
障がいは「配慮」する。でも、成長のための「遠慮」はしない
―― 新メディアのコンセプト『Together we grow(共に成長する)』にも通じますが、共に成長するパートナーになるために、会社やマネージャーが持つべきマインドセットとは何でしょうか?
伊藤さん: CPCでは、ジョブディスクリプション(職務記述書)に「障がい者と共に働き、彼らの成長を助け、支援すること」が部署のミッションであると明記しています。リーダーやマネージャーにはその責務があることを、入社時や面接の段階から明確に伝えています。本来であれば、これはCPCに限らず、ダイバーシティ&インクルージョンを掲げる企業全体で当たり前の前提となるべきマインドだと思っています。
―― 「配慮」と「遠慮」の境界線については、どのようにお考えですか?
伊藤さん: CPCの方針は、「配慮事項にはしっかり対応するが、それ以外は障がいのない社員と同じ基準で期待する」というものです。そして、障がい者側も配慮を受けるだけでなく、周囲へ配慮しなければならないと伝えています。
例えば、勤怠が安定しない場合、「障がい者だから仕方ない」とすることはありません。週5日・1日8時間働くという契約上の約束が守れないのであれば、それは会社との約束を果たせていない状態になってしまいます。フルタイムが無理なら、週4日や1日7時間勤務に変更する交渉を行い、「約束できる範囲で必ず約束を守ってもらう」ことを徹底しています。
約束を守ることは本人の達成感につながり、結果的にそれが安定的な就労を支える基盤になるのです。
人事担当者と求職者へのメッセージ
―― 最後に、障がい者雇用に悩む「企業の人事担当者」と、自分らしく働きたいと願う「求職者」の双方に向けて、メッセージをお願いします。
伊藤さん: 【企業の人事担当者の方へ】 雇って終わりの時代は完全に終了しました。これからは、いかに戦力として活躍してもらうかを考えなければなりません。そのための作業は非常に手間がかかりますし、障がいのない社員だけで進めた方が早いと思う時期もあるでしょう。しかし、その手間を惜しんではいられません。ミスマッチはお互いにとって不幸でしかありませんから、雇用率達成のために無理な採用をするのではなく、自社に合う人材を見極め、しっかりと業務を構築する工夫をしてほしいと思います。
【障がいを持つ求職者の方へ】 配慮を受けるだけでなく、自らも「戦力になるんだ」という意識を持って就職活動に臨んでほしいと思います。そして最も重要なのは、今の自分の「できること」と「できないこと」を客観的に受け入れることです。
精神障がい者の多くは、元気に働けていた頃の記憶があり「あれもできます、これもできます」と言いたくなってしまうことがありますが、それは、結果的にご自身を苦しめ、追い詰めてしまうケースがあります。「病気になってこれはできなくなったけど、これならできます。これが今の自分です」と、今の自分を納得して受け入れ、それに合った職場を選ぶことが、長期的な安定就労への一番の鍵になります。




