【派遣社員現地レポートvol.15】海外進出を目指す若者達

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2014/12/18

バグルン郡・バクンデ村での活動も最後の週となりました。今週は、先日のInternational Volunteer Dayにて行ったくじ引きのゲームで、バクンデ村での2泊3日の滞在チケットを当てた当選者をお迎えすることになっていました。私たちと同じジープに乗った当選者は私になんと、「こんにちは!」と日本語で話しかけてきてくれました。よく聞いてみると、彼は日本語を勉強していて、私が日本人であることを知って、チケットを利用してバクンデ村に行こうと決めてくれたそうで、彼が勉強している日本語の教科書とノートを見せてくれました。私の存在が、彼がバクンデ村に来るきっかけのひとつになったのであれば、これ以上嬉しいことはありません!彼が滞在したホストホームのオーナーの息子スーマン君も日本語を勉強していて、一緒にさまざまなところで即席日本語レッスンが始まりました。滞在している家の前、村の中にある展望台までの道のり(ちょっとした登山道をトレッキングしながら!)、展望台のてっぺん、バグルンバザールまで帰るまでの道中などなど...と言っても、彼は勉強し始めて3か月ほどだったので、ほとんど英語で説明しながら、時々先輩のスーマン君にネパール語で助けてもらいながら、基本的な動詞や単語・発音などを練習してもらいました。

特に彼がとても熱心に日本語を勉強していたのは、週末に試験があり、もしこの試験に受かることができれば、日本に行くことができるからとのことでした。「日本で何をしたいですか?」と聞くと、「働きたいです。」という答えが返ってきました。バグルン郡は、ネパールの中でも最も海外への出稼ぎ者が多い地域です。バグルン郡の中心地であるバグルンバザールにも日本語学校があり、"Study in Japan"という宣伝が至る所に貼ってあります。ネパールでは先ほどのスーマン君も、とにかくバクンデ村を出て海外に行きたいため、日本語を勉強していたのですが、ビザの手続きが上手く行かず、今度はポルトガルに行くことを検討しているそうなのです。バクンデ村のホストホームの中でも多くの人が日本を始めマレーシアなど海外にいて、バクンデ村に子どもたちが戻ってきた時に少しでも収入源を作るためホームステイビジネスを始めたというオーナーの方もいました。バクンデ村でのメインの産業は農業です。また、ネパール全体で働く仕事がないことは大きな問題で、正規の仕事を得ることは本当に大変なのだそうです。そのため、日本や他の国へ出稼ぎに出る人が多く、ネパール国内のラジオで、中東での軍隊の募集の宣伝が流れていることもあり、そういった国でネパール人が軍隊の一員として働いていることはよくあるそうです。

もちろん私たちがバグルン郡やバクンデ村の人たちに海外に出るなとは言えませんし、日本に行きたいと言ってくれ、熱心に日本語を勉強してくれることは、素直に日本人として嬉しいことです。でも、バクンデ村の若者の中で、スーマン君が徐々に観光業発展のためTPC(Tourism Promotion Committee)の活動に積極的に関わり始めてくれたというのに、なんだか惜しい気持ちがしてしまうのです。

私たちボランティアがバグルン郡・バクンデ村の支援をし、所得水準を向上させることで、さらに海外に流出する人材を増やしてしまうかもしれません。ホストホームを運営するオーナーである親たちが観光業を通じて収入を得て、子どもたち若い人材がそのお金で海外に勉強や働きに行くことは悪いこととは言いませんが、海外からボランティアとして日本人など外国人がバグルン郡に来ているのに、一方現地のバグルン郡の人々、特に若い人たちは海外に行ってしまうということに、なんだか複雑な気持ちになってしまうのは私だけでしょうか。それでも、彼らがバクンデ村にまた戻ってきて、村の発展に寄与する人材になってくれるように、私たちボランティアがバクンデ村のサポートをし、村の人々(特に若者)にとって魅力的な村にすることを手助けすることに意味があるのだと思いますし、今回の私の活動がその一端になるようにしていくことが必要なのでしょう。



■サイドボード設置を手伝ってくれたスーマンくん




■子ヤギが誕生!



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