非正規から正社員へ 雇用ルールの変更で人事制度の見直し始まる

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2016/04/11

 政府は派遣社員・契約社員の不本意非正規の割合を現状から半減させるという方針を示した。2018年4月には有期契約労働者に対する無期転換ルールが発動される。雇用ルールの変更が予定される中、人材の確保と定着に向けた人事制度の見直しが始まっている。(文・溝上憲文編集委員)

 2015年平均の非正規労働者数は1980万人と6年連続で増加し、雇用者に占める比率は37.4%に達した(労働力調査・速報)。正社員は1980年代後半以降から3300万人前後とそれほど変化はしていないが、非正規は1999年に1000万人を超えて以降、増え続けている。

 一方、正社員と非正規正社員の賃金格差は依然として大きい。厚生労働省の2015年の賃金構造基本統計調査では正社員の平均月給は32万1100円なのに対し非正規社員は20万5100円。正社員を100とすると、非正規の月給は63.9となる。前年より0.9ポイント上がっているが、それでも格差は大きい。特に大企業では56.9と非正規は正社員の半分程度しかもらっていない。業種別では卸売業、小売業の非正規が58.9と正社員との格差が大きい。

 こうした実態を踏まえ安倍政権は非正規雇用労働者の正社員転換の加速を打ち出し、さらに今春発表予定の「ニッポン一億総活躍プラン」でも正社員転換・待遇改善の方向性を打ち出す予定だ。その一環として厚労省が1月28日に発表したのが「正社員転換・待遇改善実現プラン(5カ年計画)」だ。

 5カ年計画は厚労省が取り組む施策について2016年度から20年度までに達成すべき数値目標を定めたもの。非正規から正社員転換を促すといっても主に不本意非正規労働者を対象にしている。「非正規の中にはできれば正社員として働きたいが仕方なく非正規で働いている人もいれば、正社員の仕事は大変なのでワークライフバランスを考えて非正規を望むパートもいる」(厚労省職業安定局派遣・有期労働対策部企画課)というのが理由だ。主な目標は次の通り。

 ①不本意非正規労働者の割合(全体平均)を10%以下(2014年平均18.1%)
 ②若年層(25-34歳)の不本意非正規の割合を現状(14年平均28.4%)から半減
 ③派遣社員・契約社員の不本意非正規の割合を現状(14年平均派遣社員41.8%、契約社員34.4%)から半減

 対策として新規学卒者の正社員就職の割合を95%超にすることを目指す一方、フリーター数を124万人に減らすとしている(ピーク時217万人=03年)。昨年成立した若者雇用促進法に基づく施策の推進やハローワークでの取り組みを強化する。

 派遣社員については昨年成立した改正労働者派遣法で派遣先への直接雇用の依頼など雇用安定措置を講ずることを派遣元の責務として盛り込んだ。その実効性については疑問の声もあるが、5カ年計画では派遣元への厳正や指導や違法派遣是正などを通じて、無期雇用派遣の現状の比率から10%のポイント増を目指すとしている。2012年無期雇用派遣労働者の比率は17.3%であり、30%近くに高めることになる。

 じつは正社員転換の大きなエポックになるのが2年後の2018年4月の無期転換ルールの発動だ。労働契約の更新が繰り返され、雇用期間が通算で5年を超えた有期契約労働者に対し、その労働者が希望する場合に無期契約に転換する制度だ(労働契約法18条)。2013年4月1日以降に開始された労働契約に適用され、18年4月に無期転換申込権が発生する。

 これはフルタイムの有期契約労働者に限らず、パート・アルバイトの短時間労働者や有期の派遣社員すべてに適用される(ただし、定年後も同じ事業主に引き続き有期契約で雇用されている期間は無期転換申込権は発生しない)。

 有期契約労働者は全国で約1400万人いるが、そのうち約3割が通算5年を超えて労働契約を反復更新している。相当数の有期契約労働者が無期転換する可能性があるが、厚労省も「無期転換ルールの発動の前に有期契約を解除するとか、契約更新しないということがないように雇止め法理の周知など円滑に進むように施策を推進していく」(派遣・有期労働対策部企画課)ことにしている。

 雇止め法理とは、使用者が雇用契約の更新を拒否した場合、労働者保護の観点から一定の場合にこれを無効とする判例上のルールで労働契約法19条に条文として入っている。厚労省は雇止め法理についてセミナーなどを通じて2016年度以降も周知徹底を図っていくという。だが、企業にとって有期契約労働者は正社員と違い、職務や労働時間を含めた人材活用の仕組みや報酬も異なるために単純に無期にすればよいという話ではすまない。

 無期雇用に転換すれば期間の定めのない雇用になり、定年は正社員と同じルールが適用される。また、労働契約法では無期雇用に転換しても処遇など労働条件は有期と同じでよいとされている。しかし、同じ無期でも正社員は賞与が出るのに無期転換者には出ないとなると反発も出るかもしれない。

 また、有期の場合は職務の内容や短時間勤務など労働時間を限定した雇用契約を結んでいるケースが多い。だが、定年まで働くことになれば配置転換の可能性もあるなど職務の内容も変更する必要があり、労働時間も従来のように1日5~6時間でよいのかも検討する必要があるだろう。いわゆる正社員と区別するために新たな社内区分を設けるとなると、正社員を含めた人事制度の見直しが必要だ。そうなると5年超が見込まれる有期契約労働者への周知も含めて今年から準備に着手しないと間に合わなくなる可能性がある。

 無期転換の受け皿として地域限定正社員を想定している企業も少なくない。すでにファーストリテイリング傘下のユニクロが2014年に地域限定の正社員制度を導入するなど小売・飲食チェーンでの導入が進んでいる。この場合はいわゆる正社員との職務内容や役割の違いを明確にする必要がある。また、すでに正社員の一部を転勤なしの事実上の地域限定正社員にしている場合は無期転換で移行する人との処遇の整合性を図らなければならない。

 無期転換ルール対応策としては、新たに限定正社員の区分を作る以外に①いわゆる正社員に登用する、②契約更新が通算5年を超えないようにする―という2つの方法がある。

 ①では全員を能力に関係なく正社員にすれば人件費コストが上昇するリスクがあり、フルタイムや残業ありの働き方を懸念して有能な人材が転換を希望しない場合が考えられる。一方、②では技能を蓄積した社員を失うほか、人手不足の時代において人材確保のリスクが生じることになる。

 外資系アパレルメーカーでは無期転換者をいわゆる正社員に移行させる方向で検討している。人事担当者は「限定正社員というのはコストを下げつつ、法的な対応をするために無理矢理作っている感じがしている。正社員にすると確かにコストはアップするが、仕事の定義をきちんとし、店長など将来的なキャリアパスを見せて、しっかりトレーニングすれば最終的にはコストも回収できるのではないかと考えている。限定正社員など雇用区分を複雑にしてしまうと、正社員と私たちと何が違うのかという問題が絶対に出てくると思う」と指摘する。

 流通業を中心に人手不足が深刻化する中で、無期転換者を含めて人材の確保と定着を図っていくのか。処遇改善など人事制度を含めた制度設計が重要な鍵を握っている。
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溝上憲文溝上憲文(みぞうえ・のりふみ)
本誌編集委員・ジャーナリスト
1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開している。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「超・学歴社会」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「会社を利用してプロフェッショナルになる」(光文社)「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)、「2016年 残業代がゼロになる」(光文社)。近著に「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

配信元:日本人材ニュース

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